温森おかゆの雑文倉庫

主にTRPGについての個人的集積。

TRPGプレイヤーとしての必須事項

 これはよく勘違いをされがちなのだが、TRPGのオンラインセッションをするからには絵が描けないといけないとか、シナリオがを作れないといけないとか、GMが上手にできなければいけないとか……そういった強迫観念じみた先入観をボヤく方をたびたび見かけるが、私に言わせてみればそんな法はない。

 ルールブックにも欠片も書いていないことを、わざわざ増やす必要はなかろう。
 正直な話、私だってオンラインセッションをやる上でココフォリア部屋の準備をするときに、前景と背景の画像を切り替えて多少見た目は整えているけれど、本当はそれすらメンドクサイ。せいぜいココフォリアのデフォルトコマが背景と同化しないように、多少色のあるバックグラウンドカラーにしているつもりであるだけで、手軽に没入感を増すことができる便利な機能とはいえ、面倒くささが先に立つことはある。このあたりは性格なのだろう。ソロで仮回ししている時なんか背景は固定でやっているくらいである。
 これを苦もなくできる人に関しては感嘆を禁じ得ない……さて。

 

 TRPGをプレイするうえで、最低限必要なことは大抵、ルールブックにすべて書いてあると言ってよい。
 モノによってはマナーにまで手を広げて説明してくれているものもある。

 今回は、ルールブックに書いてある枠を少し外れるかもしれない幅広い範囲で、TRPGをプレイするにあたってプレイヤーに必要な素質、素養をまとめていこうと思っている。

 ……これをまとめると「要は職場で必要なスキルだな?」と思わないでもない。なので要するに、いち社会人、あるいは未来のいち社会人として必要なスキルと大体同じである、と思っていただいて構わないだろう。

 

◆レスポンスの速さ

 日程調整、キャラクターシートの提出、確認、セッション中の対話、相談。
 セッション内外で必ず発生する、プレイヤー同士の会話。これにはなるべく迅速に反応できるようにしておくことが望ましい。なにも日常のビジネス関係のメール返信を後回しにして、TRPG関係の相談にこまめに参加できるようにしろとは言わない。ただし、億劫だからといって3日4日放置するのはいただけない。

 

◆礼儀

 まず、他者への思いやりの先に立つのが礼儀である。いたって形式的なものであれ、マナーが守れていれば大抵の小さな問題は起こらないものだ。オンラインセッションでは、年齢も住所も名前も顔も分からない相手同士とセッションを行う場合が多い。そこには、年功序列といったものは仮にしか存在しない。
 相手がいかに若く見えようとも、礼儀を忘れてはいけない。相手といかに親しくなろうとも、相手を尊重し続けることができれば、中身のない形式的なものであれ、とりあえず小さな地雷をいちいち踏み抜くことは少ないはずだ。

 

◆おもいやり

 もはや飽きるほどに言い続けるが、TRPGの一番重要かつ一番むずかしい点として、他者への思いやりを持ってプレイすることが挙げられる。これはTRPGのルールブックにも、マナーとしてそれぞれシステムごとに違う形で説明されていることもあるが、「自分がされて嫌なことは人にもするな」とか、「相手が嫌がることをするな」とかいったごくごく基本的な共感力、思いやりがなくては、TRPGは成り立たない。
 相手に負担をかけて当然のような顔をしていては、遊び相手もゲームも長くは続かない。実のところ、この要素をクリアできる人間はそうそう出会えるものではないため、出会えた場合は、その人との関係をいかに大事にするかがキモでもある。

 

◆シナリオ通りに回すだけでいい

 プレイヤーの突飛な提案をすんなり飲んで、その場でシナリオを調整し、スマートにいなす……そんなゲームマスタースキルは憧れるものだが、できなかったからといって何を困ることがあろうか。

 

◆シナリオは作れなくてもいい、作ったとしてハイクオリティである必要はない

 よほどマイナーなシステムでもなければ、ある程度のシステムはネット上にいくらでも同人シナリオがあるはずだ。TRPGとはそういうもので、ネットが普及した現代、昔よりも個人の作ったシナリオの共有がやりやすくなっている。
 いち個人が、公式シナリオをやり尽くした末に何とか頭をひねってシナリオを作り出す……そんな時代ではなくなったのである。少し探せばどこかの誰かが書いたハイクオリティなシナリオがネットに投稿されている……それを一つ一つ丁寧に回す。それだけで十分ではないか。
 自分の考えたオリジナルシナリオを作っても良い。ただ、そこで「クオリティが高くなくてはならない」と思っていると筆が止まるか、努力があらぬ方向に向かってしまって逆に不完全燃焼を起こすので、おすすめはしない。

 

◆絵は描けなくてもいい

 TRPGはもともと、人と人がダイスや筆記用具を持ち寄ってプレイする、オフラインセッションの形式から始まったゲームである。小道具として実際の地図や、マメな人はNPCのビジュアルを見せてくれることもあるが、大抵オフラインセッションでいちいちA4用紙に印刷したNPCの自作画像、背景画像なんかを用意してくれる人は少ない。そんなことをしていたらコストも時間も労力もかかる。
 絵が描けるというのは非凡な才能だが、TRPGはそんなものを持っていないと参加できない高尚な趣味でもないのである。
 自作画というのはしょせん自己満足の範囲であるから、どうせできなくたっていい。できるかできないかでありもしない優劣をつけるのはナンセンスというものだ。世の中にはAI作画やらPicrewやら、いくらでも無料で立ち絵素材を作る方法はあるのだ。どのような方法で立ち絵を用意するにしろ、プレイヤーキャラクターのアイコンとして使用するぶんには、それらの価値はすべからく平等である。プレイヤーキャラクター自体が常に平等に扱われるべきなのと一緒だ。

 ……欲を言うとココフォリアの黒いデフォルトコマでは背景に溶け込んでしまうので、最悪白無地にキャラの名前だけ書いてる素材でもはっつけて頂けたら助かる。私はその程度に考えている。

“テイカー”はTRPGプレイヤーには向かない

 読者諸氏でもどこかで見たことはあるかもしれないが、この世界の人間は主に分類して3種類の人間がいるとされている、という話で、それに「ギヴァー」「テイカー」「マッチャー」という分類名がある。簡単に言うと、

  1.  ギヴァーは他者に利益を与える人
  2.  イカは他者の利益、時間、知識、金銭などを奪う人
  3.  マッチャーは自らの利益を守るが、与えられた利益は返す人のこと

を言うそうだ。

 まあ今回は小難しい心理学の話をするつもりはないので、人間の性質としてそういったものがある、ということだけ知って頂ければよい。
 因みに、今回は「こうした人とTRPG含むコミュニケーションの場で関わらないように」といった啓発になるため、少々辛口になる。異論は認めるが全く譲る気はないので、受け入れがたいと感じた方は今のうちにそっとブラウザバックをお勧めする。

 

 私はオンラインセッションをする上で、テイカーに分類されるような性質の人間と関わったが、テイカーははっきり言うとTRPGにはとてもではないが向かない性質である。その理由については、テイカーの特徴から見れば一目瞭然だ。

◆テイカーがTRPGに向かない理由:テイカーの特徴

 テイカーとは、自己中心的で、出来るだけ多くの利益を自分のために奪おうとする性質の人間である。そう言った性質を持つ人間はある程度の割合で存在し、彼らの特徴はある程度決まっている。テイカーが陥りがちなマインドセットから生み出される言動で判断がつく、ということだ。実はこの「特徴」が、私が「テイカーはTRPGに向かない」と言った大きな原因である。

〇テイカーの特徴

  1. 自己中心的
  2. 上手く行っていないときに、自分のプライドやメンツを守る傾向にある
  3. 他者より自分が優れていると示そうとするマウント(レック)が多い
  4. 自分を助けてくれそうな人間に取り入る
  5. 主語に「私」が多い。
  6. 面倒なことは人に押し付ける
  7. 大したことでもないことで恩着せがましい

 以上がテイカーが見せる特徴である。要するに職場で、部下ばかりいじめてその功績を平気な顔で自分のものにする上司や、妙に胡散臭い人間を思い浮かべて頂ければ大体当たりであろう。

 そしてこれらの特徴を持っている人物が、TRPGに向かないと言ったわけは、これで大体の方が理解できたはずである。

 自己中心的で自分のプライドを守ることに必死になるあまり、体裁が悪くなったら人の忠告を聞き入れず、他者より自分が優れていると言いたげに自慢話ばかりする、楽しくゲームをするための手間すら惜しみ始めるし、他者に責任を押し付けることまでやる。
 そんな人間がTRPGというゲームで人と仲良くなれるわけもなく、だんだんと人が離れていき、孤独になり、自分の反省点にも気づかないまま他人のせいにしていつまでもその場で負のスパイラルを生み出す。

 こういった人はTRPGという、対等な人のコミュニケーションに向かないということは誰しも一目瞭然であろう。

 自分がそう言った態度を見せないようにしつつ、他者の態度でも、テイカーと思われる人にはなるべく近づかないように留意することをお勧めする。
 テイカーは上記のような性格のため、同じテイカー同士でつるむと相性が非常に悪い。そのため、迷惑なことに彼らは得てして、話が通じて常識的で、人の言動に寛容な優しい人に限って狙う。その方がずっと自分に都合がいいからである。優しい人はテイカーの尊厳を簡単に認めてくれるし、ある程度の寛容さで身勝手を許容してくれるからだ。

 テイカーにはいっそ嫌われてしまった方が得だ。今回は少々辛辣に説明したが、くれぐれも読者諸氏には、TRPGの場でコミュニケーションが取れない相手と関わらないように注意していただきたい。

2023/11/27コンベンション感想:SW1.0【虹の水晶宮】第五章

 今回のコンベンションは大イベントだったようで、西の県民大集合と言った様相だった。コロナ禍以前のコンベンションと言うものは、こういった光景もよく見られたのだろうか。何やら大物ゲストを招いて大々的に「ゲストコンベンション」なるものをやると聞いて、興味本位で行ってみた結果、当日はさながらソードワールド世界で言う、〈大破局(ディアボリック・トライアンフ)〉以前の時代を想像する人族のような感情を味わっていた。

 大物ゲストその人こそ、TRPGを作る会社である「グループSNE」所属ゲームデザイナーであり小説家でもある友野 詳先生だったという。
 やはりTRPG業界の一線で活躍される方というだけあって、TRPGプレイヤーとしても、趣味で小説を読んだり書いたりする立場としてもためになるお話がたくさん聞けた。
 「TRPGとひと括りに言っても、昨今はプレイヤーの増加や、需要と供給の広がりによって『ナラティブ』や『うちよそ』など、さまざまなTRPGの形が増えてきている。だからこそ、これからユーザーから、TRPGのそういった個々の概念を区別、或いは統合する『あたらしい言葉』が生まれてくる可能性もある」という言葉には流石のご慧眼と感心したのを覚えている。そういった概念を自分に「合う」「合わない」ばかりで片づけるのがユーザーと言う存在だが、そういった『新しい分野』にもちゃんと可能性や需要の芽生えを感じ、風を吹き入れようとするのは「作る側」としてのプロ精神だと思った。

 参加するからにはグループSNEが関わっているという「ソードワールド」でも買っておかないとまずいかと思ってソード・ワールド2.5の基本ルールブックを買っていたら当日に友野先生が関わっていないことを知り、申し訳ないやら残念やら。まあ、会社に金を落としたのだから、先生にとっては悪い話でもあるまいと思う。下世話な話だろうか。

 

 当日のコンベンションでプレイしたのは、ソードワールド1.0のシナリオ集「虹の水晶宮」の最終話だった。キャンペーンのあらすじだけざっと説明して、最終話だけをその一日でやりきるといった形態だ。

 私はもちろんソードワールド1.0をやったことがないどころか、ソードワールド2.5も買ったばかりでまだまだ未履修と言った体たらくだったので、ルール把握にもたついた。だが、積極的に動けば足手まといにはならない程度のポジションを任せてもらっていたので、それなりに探索で活躍できて満足だった。

 

【言葉は通じても心が通じてない冒険者パーティーたち】

フィッツ・カラルド

 エルフのシャーマン。魔法職でありツッコミ職。

 

イングヴァル・マルライネス

 人間のソーサラー。終始がめつい。

 

オッペンハイマー

 ドワーフのプリースト。プレイヤーの仕事が早く、セッション開始直前にはパーティー全員の集合絵がキャラシの裏に出来ていた。

 

アウグスティヌス

 人間のファイター。攻撃が当たらない悲しき運命を背負う。

 

シャルロッテミモザ PL:おかゆ

 グラスランナーのシーフ。20歳ロリ。南の島へ向かう船に「無賃乗船」していたところ、その船が見事に難破し、遭難。無賃乗船の「腕前」を買われ、無賃乗船を許してもらうために冒険者一向について行く。
 その後、とある王国の危機を救ったりしていたが、「一生無賃乗船と無銭飲食無罪」をちらつかされて最後まで斥候としての任を果たした。

「無賃乗船、無銭飲食、窃盗ができるのに金を払うのは怠慢でちゅ」とかいう美学が終わっているグラスランナー。「グラスランナーらしくていいと思う」と言われたが、それでいいのかグラスランナー。
 無銭飲食大好きだが、他人の金で食う飯と店の飯以外にはあんまりテンションが上がらないという裏設定は出さずに終わった。金が関わらない無料飯にはあんまり興味がない、人畜有害なキャラクターである。それでいいのかグラスランナー。

 

 がめついPCとそれに終始ツッコミを入れるシャーマン。「あれは正義か!? 邪悪か!! 邪悪かよし潰す!」スタンスの神官に、共に世界を支配させてやるというボスに「お断りでちゅ! このお仕事が終わったら王国の口利きで無銭飲食と無賃乗船が永久無罪になるんでちゅ!」と低俗な返しをするグラスランナー。

 全4話くらいのキャンペーン話を越えてきた(設定の)冒険者パーティーなのに妙に話は通じても心が通じない締まらねえ問題児どもの集まりに、同行していたNPCの心労やいかに。

 最終的になんかエンディングで「みんな友達。仲良くしようね」って偉い精霊みたいなのに言われていつの間にか世界を救っていたのだが、思い返すにこいつらあんまりなかよくないというか、協力してはいるが終始心がひとつになっていなかったんだが

それでいいのか?

システム初心者は後輩、新米キャラがオススメ

 私は初めてのシステムに触れる際、或いはシステムに対する理解に不安がある際に、ハンドアウトが特になければ、経験者のキャラクターの後輩枠を取ったり、ハンドアウトがあるようなら他のPCとつながりを持ちやすいキャラクターを選んだり、GMやPLに相談して、他PCとつながりを前もって作らせてもらうときがある。
 それは何のためかというと、システムについてや世界観について経験者に教えてもらいやすいからである。

 よって、TRPGシステム初心者のうちは、シナリオに「覚醒枠」と呼ばれる枠や誰かの後輩、部下、新米、初心者といった枠を狙った方がやりやすい。
 プレイヤーが初心者ならプレイヤーキャラクターも他の人の後に続くようなキャラクターを作っておけば、ロールプレイの流れで自然と経験者から世界観やシステムに関する用語の解説をしてもらいやすくなるし、他のPCを導く役目をするより荷が軽い。
 そして、あらかじめ他のPCと後輩や友人、知り合いという関係性を作っておくと、さらに自分のPCが動かしやすくなるのだ。

 

 TRPGに経験がある人間でも、新しいシステムに手を出した折にはダイスを振るだけでいっぱいいっぱいになることもある。
 ロールプレイをしやすいキャラクターを作っておいて、他の人にキャラクターのつながりから引っ張ってもらうことは悪くない手と言える。

 

2023/11/5コンベンション感想:異界戦記カオスフレア【聖戦士ふたたび】

 異界戦記カオスフレア……世界観がごちゃまぜすぎて今回は説明もできそうにないのだが、剣と魔法の中世ヨーロッパな世界だったりそれはそれとして竜がいたり織田信長武田信玄がいたり、視聴覚室によく見るような投影機が導入されていたり近代的兵器を使う大企業が存在していたりするらしい……。
 さすがにそこまで「なんでもあり」だと説明が難しいので勘弁してほしい。

 回復アイテムが食べ物だったりするところは好きだ。

 

 このシステムの独特なところと言えば「フレア」だろう。トランプのカードであらわされる、世界を循環するなんかエネルギーみたいな……なにかであり、カオスフレアと呼ばれるヒーローであるPCたちはこのフレアというエネルギーを使って戦う。
 これによって達成値を上昇させることができる、一種のリソースである。
 ゲームの世界観からの説明はこの辺りにしておいて、「フレア」はシステム上はGMやPLの良いロールプレイに対する「おひねり」としての用途もある。
 いいロールプレイだった、面白いことを言ってた、そんなときに手持ちの「フレア(トランプカード)」のなかからどんどん相手に送ることができる。
 沢山持っていてもシーン終了時に所持上限まで減らさなければならないので、とにかくそのぶん沢山相手に供給して循環させていくことが重要となってくるため、セッション中これがどんどんと飛び交うことになる。これがお互い楽しい「シャブい」ゲームである。セッション中はこのフレアを得るためにPLがNPCを生やしたり、カッコいいセリフが繰り返されたりする。

 

 今回のカオスフレアだが、初プレイだったこともあって、ギリギリ地蔵にはならずに済んだものの、ルール把握とキャラクターシートの把握に手間取りすぎてフレアを投げることを忘れたり、ロールプレイがぎこちなくなっていたり、あまり満足に動けなかったという実感はある。本気ならもっとふざけてフレア荒稼ぎしたのに……! みたいなのはある。いや勿論、空気は読む。

 

PC1:アルフレッド・アーベントロート PL:おかゆ

 超分かりやすい自滅高火力アタッカーだったのに、PLの理解力が足りないせいでヘタレアタッカーになってしまったサンプルキャラクター「界渡りの戦士」。自分のソフィア(トランプのスート)に対応するトランプ(フレア)であれば何枚でも使えるというぶっ壊れ特技を持っていたのに、PLの脳みそがまだ真面目で「いやそうはならんやろ」と思っていたせいで本気を出せなかった、最後まで色んな意味で可哀想なおじさんであった。なっとるやろがい!
 ハンドアウトにはガッツリ学生と書いてあったが、ばかやろう最近アツいのは異世界転生おじさんだろ!!! というわけで31歳おじさんが異世界転生。カオスフレアのめちゃくちゃさに慣れていればオープニングでパンをくわえたトラックと衝突させて異世界転生させたのに。そんなことは置いておいて異世界に召喚され、その拍子に姫様が身投げしているところを助け、いつのまにか「スゴい剣」まで持っていたのでその力で頑張らせてもらった。しかしセッション中、ほとんど他の人に助けてもらって守ってもらってトドメだけチクリさせてもらったので、MVPは他のPCたちだった。

 ……ので、最後はラスボスにとどめを刺して自分もHP0になり、ふらりと落下するところをPC2の神官に着地任せてお姫様抱っこしてもらいました。最後の最後で絵面をひどくしてしまった気がする。

 

PC2:クレイル・ガードナー

 迫りくる邪竜によって国が滅亡寸前という折、はかなんで……というよりは「言い伝えで国に危機が迫った時、身投げすれば異世界から勇者が召喚されるよ☆」という言葉を鵜呑みにして身を投げた姫様……の神官。
 クール美女だが小言がめちゃ多いタイプとお見受けする。終始クールに雑魚を掃討し、PC1を助け、最後の最後にPC1に復活スキルを掛けながら落下する体を横抱きに受け止めるという、肉体派なところも見せつけた。カーッコイーーーーッッ!!!!

 

PC3:ブラスター

 滅茶苦茶つよい竜。タンカー兼カウンターとして破竹の勢いを見せた。攻撃が当たらないしカウンターがいたい。おかげで自滅以外でPC1がダメージを受けたことは無かった。文句なしで今回のMVPだろう。
 ラスボスとゴジラVSコングばりの肉弾戦を繰り広げていたが、中盤でラスボスに「つよい かてない」と意気消沈していたところを、PC1に「『大きなカブ』の話を知っているか!?」(誰も知らない)と諭され(勢いで誤魔化され)最後まで戦い抜いた。
 後世、その国には記念碑に「おおきなかぶ」の話が刻まれ、子供たちに伝えられたという……。
 終始面白いことを言って場を盛り上げたプレイヤー。流石カオスフレアに慣れている人は違うぜ。

 

PC4:ヘイブン

 しゅごい近代的な兵器を用いるクールな戦士。姫とPC1の関係がなかなか進展しないで周囲がやきもきしているのを尻目にちびちびやってたクールな人。
 ラスボスの力でゾンビとなってしまった仲間たちを介錯し、「いつか土産話でももってくよ」と墓前で呟いた姿はおじさんよりハードボイルドでした。
 近代的兵器を扱う立場から、突然剣と魔法の世界に転生してきたPC1の気持ちは理解できるのか、激励しつつ世界に関しての説明をPC2と共にしてくれた。
 戦闘では相手の達成値を下げる妨害型として影から支えてくれる。手りゅう弾がゾンビにきかなかったのは……いやな事件だったね。

TRPGに向かないと感じたら

 TRPGなんて、別にやめても構わないのだ。

 いきなり当たり前のことをと思われるかもしれないが、今回はあえて言うことにした。

 TRPGなんていうゲームは結局ゲーム、娯楽なのだ。自分に向かないと思ったらやめたってかまわないし、それは誰のせいでもない、自分の判断なのだから、自由にすればよい。気負ったり、誰かに忖度することもない。
 逆に、TRPG初心者対応の場で、せっかくルールブックを買ってくれてまでTRPGを志してくれた初心者さんなのだから、自分が頑張って、どんな人でもゲームを楽しんで続けられるように努力しよう……などと、気負う必要もない。
 合う、合わないは個人の判断であって、外野がどうこうできる話でもない。
 その「向かない」「つまらない」に差し掛かった地点でちょっと観点を変えて「どうにかならないか」と考えることも、個人の自由だ。
 他人と関わるゲームだからと言って、その辺りの自由に過干渉になって、気負う必要はないのだ。


「自分はTRPGというゲームに向かないのではないか」と考え、ルールブックに触る事すら億劫になった経験はあるだろうか。私は、ある。
 クトゥルフ神話TRPGから入った人間なのだが、あの分厚いルールブックを買ったのはたしかもう十年以上前の話になる。しかし、その当時はまともに遊べる友達も得られず、結局そのルールブックは押し入れの奥で鎮座し続けることになった。その後成長してから再びオンラインセッションでやり直し始めた時も、あまりうまくいかなくて「自分はTRPGに向いていない」と思い、しばらくルールブックを触ることが嫌になった時期もたびたびある。

 TRPGというゲームは、共に遊べる友人のあるなしも含め、個人個人に向き不向きがある。私はたびたびTRPGというゲームを「コミュニケーションの上で成り立っていく遊び」であると表現するが、その前提……「コミュニケーション」が苦手な人というのもTRPGプレイヤーの中にはざらにいる。それでもどうにか努力と個人個人の協力によって成り立つゲームだから、コミュニケーションが苦手だからと言って敬遠する必要はないのだが。…まあ、あまりに通常の会話が難しい人間というのもいて、そこまで来ると不向きと言わざるを得ないこともある。

 

 自分の好きな趣味なのだから、せっかくならその道は広く万人に開かれ、誰しもが楽しめるゲームだと言いたい気持ちは私にもある。

 だが実際のところ、TRPGの場でどうしてもたくさんの人と関わり合っていくうえで、どうしても「他人と快く遊ぶことができない人」には遭遇してしまう。人間は千差万別であり、TRPGが人間同士で行うゲームである以上、あまりに悪意の強い人や、あまりに会話が通じない人がやるとほぼ確実に問題が起きる。TRPGというゲームは、万人受けとはどうも言い難い。
 人には何事にも向き、不向きがあるものだ。嫌になったってかまわない。距離を置くことを決めても構わない。それを止める権利は誰にもないし、そのことで気に病む必要も、どこにもないのだ。

君子に九思あり

 私の人生のバイブル、「論語」にこのような言葉がある。

「君子に九思(きゅうし)あり。

 見るは明を思い、聴くは聡(そう)を思い、色は温を思い、

 貌(かたち)は恭を思い、言は忠を思い、

 事は敬を思い、疑わしきは棟を思い、

 怒(いかり)には難を思い、得るを見ては義を思う」

 ここで言う君子とは、単純に立場の偉い人という意味でもあるが、こと「論語」においては、「人格も学問も優れた理想的な人間」という意味で通じている場合が多い。

「理想的な人間は常に九のことを心掛けている。

 物事を見るときは本質を見るようにし、

 人の話を聞くときは、その真意を聞き取り理解するようにし、

 人と接する時には、表情と態度は穏やかなものであり、

 姿勢と振る舞いは常に謙虚であり、

 その言葉はまっすぐで嘘がなく、誠実であり、

 事をするには慎重かつ尊敬をもってあたり、

 疑わしいことには真相をしっかりと確かめ、

 怒りがある時には、怒りを爆発させた後の面倒を考えて、

 自分の利益になると思ったことに関しては、道徳を弁えているかしっかりと考慮すること」

と、こういう意味だそうだ。
 以前にも言ったというか、これはこの先も延々とブログで言うであろうし、自戒を繰り返していくつもりなのだが、「TRPGとはコミュニケーションのゲームである」以上、上記で言うような人として理想的なあり方は、TRPGにおいても重要なのではないだろうか。

 今すぐ理想的な人間になろうとムリヤリを人に強いるつもりはない。そんなことは不可能である。私だって偉そうに紹介しているが、理想的な人間と自分などは天と地との距離があると自覚している。

 矛盾しているようだが、「理想的な人間」は「自分のことを理想的な人間」と思ってはいけないという持論がある。
「完璧な人間」「理想的な人間」などというものは大体の場合、幻想にほぼ近しいものである。理想や完璧は人により差異がある。いかに自分にとって理想的な人間であろうとも、それが他者の理想を満たせるものである保証はどこにもない。
論語」はそうした戒めの隣に、それでも「他者に信頼され、他者から愛され敬われる人間性をもつ」ための心得を教えている。

 

 完璧でないと自覚しているからこそ、私は常に上記のような言葉を胸に刻んで生きているし、ここで人と関わり、ゲームをするうえでは、かくありたいと常に思っている。
 上記のような言葉は、生活の中で直面する事象の中で、君子が物事を判断する時、人と接する時、怒りを抱いてしまった時の心構えを説いている。

 TRPGをプレイする時、まさに役に立つ格言ではなかろうか。