温森おかゆの雑文倉庫

主にTRPGについての個人的集積。

面白いことをするのではなく、面白いタイミングを逃さないこと

 ルーニーと呼ばれる人たちの特徴はいつも「ウケ狙いで面白いことをしようとすること」にある。それがウケれば成功だし、成功したロールプレイは所々で物語を彩り、他の参加者を楽しませる「華」となる。

 その花形を目指して、面白いことをしようとする人は多いのだろう。
 が、奇を衒おうとしすぎて失敗し、逆に嫌がられてしまい「劣化ルーニー」となる人がいる。

 で、「劣化」ルーニーと呼ばれる人たちがなぜ失敗するのかというと、シリアスシーンでもふざけ倒したり茶化したりしてしまうからである。その他にも、ふざけすぎて度が過ぎた行為に発展してしまったとか、加減を見誤ったとか、色々と原因はあるだろう。

 

 面白いことをして本当に面白くなるのは、周囲がそういう言動に寛容になっているタイミングに挟みこんでいるとか、決めるときはちゃんと決めるとか、「システムの世界観、ならびにシナリオの雰囲気、同卓者の気分を著しく損なわない」から成り立つことである。

 お笑い芸人の芸にも通じるような気がする。あまりに場の空気を読み取れない言動をする芸人は、時折失敗して大炎上を巻き起こしている。

 

 要するに、上手く「面白いこと」をしたいと望むのなら、「空気を読む」能力は不可欠なのである。
 常に面白いことをしようとして、シリアスシーンでも茶化して同卓者の気分を害してしまうのではなく。幕間でちょっとふざけてみたりはするが、シリアスシーンではちゃんと真面目な一面を垣間見せて、ただの気狂いではないほうが味になる。

 デッドプールがあれほどまでに流行ったのも、そういう一面があるからである。私生活は下品で低俗で、ヒーローらしからぬダメダメな男ではあるものの、恋人に対して一図でひたむきで、正当な怒りも子供に対して真っ当な考えも一応持ち合わせているからこそ、ギリギリの危ういラインでヒーローに留まり(?)、シリアスシーンもきっちりこなせるキャラクターではある。彼から正当な怒りとギリギリ真っ当な正義感を取り払って、ただの戦闘狂にしてしまったら、それほど流行らなかったことだろう。
 下品で低俗でも、時に正当な怒りや論拠を見せてくるから、それが意外性として楽しめるのである。

 

 上手く面白いことをしたいのなら、「面白いことをする」のではなく、「面白いことができるタイミングを読み取る能力を磨く」とよい。
 要するに、面白いことをするには「空気を読む」能力は必須である。